2年間で350万円貯めた!ズボラ主婦の節約家計簿管理ブログ

家計簿歴10年以上なのに貯められなかった専業主婦が一転。「ケチケチ節約術」を卒業してわずか2年で350万円資産を増やすことに成功しました。テレビ・雑誌・書籍などでも紹介されている「あきの家計簿」公式ブログです。

お金を使うことへの罪悪感はこうしてなくす

とても小さな生活費でつつましく暮らしている方がよくこんな風にいいます。

「お金なんてなくても幸せだ」と。

そんなことを聞くと何だか「お金を使う人」は「醜い心の持ち主」のような気がしてしまいませんか?

私はそうは思いません。



大正生まれの祖母のお金の価値観

私は両親が共働きで忙しかったので、同居していた大正生まれの祖母と過ごすことがとても多い子供でした。

祖母は、「大正生まれ」なので、「関東大震災」「第二次世界大戦」を経験し、
さらに「夫を亡くし、シングルマザーで3人の子供を育てた」人です。

戦前戦後の頃の女性の扱いについてご存知の方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。

昔は「男尊女卑」と言って、例えば仕事1つとってみても女性ができる仕事はとても限られていたそうです。

お給料も、男性の何分の1とか、どれだけ働いてもとても少ない金額しかもらえなかったそうです。

そんな時代に母親ひとりで3人の子供を育て上げるということがどれだけ大変だったか、ということをよく祖母は私に話してくれました。

家賃などは払えないのでずっと住み込みで奉公していたといっていました。

また、父親がいないというだけで差別も受けたそうです。

「贅沢は敵だ」という風潮の頃に、若かりし頃を過ごしてきた祖母のお金に対する価値観は本当に質素なものでした。

また祖母はよくこんなことを言っていました。

「金は天下の回りものという。お金はたくさんの人の欲の中を流れてきたものだから汚れている。
だから子供はお金なんか触るもんじゃない。もし触ってしまった時はキレイに手を洗いなさい」と。

そんな祖母に育てられたこともあり、私もお金を使うことは「悪いこと」という価値観が小さい頃からありました。

日本人にはこのお金に対する清貧さは昔からなんだな、と思います。

私は今でも祖母を尊敬していますが、
でも、ケチな節約術を卒業し、「お金を使うこと」の大切さを知った時、1つだけ気が付いたことがあります。



祖母のお金の価値観からの脱却

「お金なんてなくても幸せだ」という言葉は間違ってはいない。

だけど、「お金を使っても幸せだ」と。

家族が仲良く一緒に過ごすことが一番の幸せだ。

その通りです。よく分かります。

だけど、それを「お金を使わずに家族が仲良く一緒に過ごすことが一番の幸せだ」という風に解釈する必要はないのだと気づきました。

1泊100万円以上するホテルに家族と泊まるお金持ちは「不幸」なんでしょうか?

1泊100万円以上するホテルに家族と一度くらい泊まってみたいなあと思うことは「悪」なんでしょうか?

そのような気持ちを捨てないと「幸せにはなれない」のでしょうか?

違いますよね。

「お金を使わずに家族が仲良く一緒に過ごすことが一番の幸せだ」ではなく、

「お金を使っても使わなくても家族が仲良く一緒に過ごすことが一番の幸せ」なんですよね。

「家族一緒に過ごすこと」が「幸せ」なのであって、
「お金を使うか使わないか」は全く別の話である、ということに気がついたんです。

本当の幸せはどこにある?

私には、困った時や辛い時にいつも思い出す言葉があります。

明石家さんまさんの名言(といわれている)言葉。

「生きてるだけで丸儲け」

今、普通に生きていられる、これ以上の幸せはないのだと、この言葉を行き詰った時の原点にしています。

「幸せ」と「お金」を一度切り離して考える。

生きてるだけで幸せなのだから、じゃあもっと自分が楽しく、こんな人生を歩んでよかった!と思うような経験をするために
どうしたらいいか?という「人生の脚色」を考える。

その上でより幸せ、楽しい、やってみたい、など人生にプラスを与えてくれると感じることが
お金を使うことで手に入るならば堂々とお金を使う。

お金を使うで得られる「新しい体験」や「感動」に全く興味がないという人は別にお金を無理して使う必要はありません。

お金を出さなくてもそういう経験や感動に出合えるという人もいるでしょう。

もちろんお金を出さなくても出合えることもあります。

でも、一流ホテルのサービスと三流ホテルのサービスが違うように、
味わえる感動の質がお金によって変わることもあります。

私は、お金はどのような「経験」と「感動」を得るかを「自由に選択するための道具」だと思っています。

「お金を使わない生活を送らないと幸せは得られない」わけでないし、
「お金を使いたいと思うことは悪」ではありません。

お金を使いたい、と思う自分がいやしいわけではありません。
お金を使いたい、と思わない人がえらいわけではありません。

ここを誤解してしまうと、昔の私のようにお金を使うことにものすごい罪悪感を感じてしまうので注意しましょう。


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